原稿数百枚に渡って記号のみを書き連ねたもの

読みたい。とても読みたい。

比喩表現でなく、『踊る人形』を作品全体に展開してみた意欲作…なのだろう。ネットなんかで公開したら、暇つぶしにもってこいだ。
とはいえそれは「読めた文章であること」が大前提にある。暗号を解読した先が読むに耐えないものであれば、暇つぶしとはいえ「時間返せ!」と叫びたくなるだろう。
そんなシロモノが文学賞に応募される世の中なのはフィクションの世界であってほしい。どっちかっていうと謎解き本なのではなかろうか。ジャンルはサブカル趣味、実用書?

その昔、「ライトノベル」の賞の選考をされた方の文章にも「手の込んだ設定資料集をつけて送ってくることが少なからずある」とあったのを覚えている。ラノベから漫画化、アニメ化等の事例が増えていた90年代。ラノベの特性上、挿し絵はこうであって欲しいという願いか、はたまた著者の中ではメディアミックス決定の大傑作なのか。
そうすると、前述の「全文記号」もフィクションじゃないのだろう…下読みって仕事は大変だ。

作中の新人賞は「ノンジャンル」だったが、ライトノベル、新文芸といったティーン向け小説と一般の文芸の区別はもう付かない。
はじめてそう思ったのは、有川浩の『塩の街』が角川文庫で発売された時だった。元々、電撃ゲーム小説大賞を獲って電撃文庫として発売された作品だ。その後の図書館戦争シリーズを読んでいて「これは明らかに私が読んでいた時代のラノベ…!」という気持ちになった。
くそ面白かった。
その後も知らない文庫のレーベルが増えたかと思いきや、これまであった文庫でも表紙はアニメ調のイラストが増えてきた。

おまえもその一つやないかーい。

さて、この作品で容疑者となる1人は小説家講座に通っていた。
小説家講座とでは天と地ほどの差があるが、私も進学塾の作文教室に通っていた時期がある。大学受験に向けた小論文ですらなく、小学生の作文教室である。
いやもうほんと、そういった講座に通ってる人からすれば一緒にすんなよってレベルなのだろうが、私にとってのこの作文教室は毒島真理が言うような「詐欺商法」ではなかった。さすが地元で有名な進学塾。

私は教室に通うまで壊滅的に「読書感想文」というものが苦手だった。読書感想文なんて「この作品のココがこういう風に面白かった!」を挙げ連ねる以外に何を書けというのだ。
そんな私がその教室に通い、読書感想文をはじめ様々な作文コンクールで賞をいただくことになる。
私が当時感じた感情が「書き方知ったら賞獲れるなんて、私勉強できるぅぅぅ!!!!!」ではなく、「私、文才あるぅぅぅ!!!!!」だったら、この作品のワナビ達のようになったのかもしれない。ささやかな違いかもしれないけれど、興味の方向の違えば私は今、毒島真理に心を刺されていた。

いや、「賞を獲るための読書感想文の書き方」から解き放たれた起承転結もへったくれもない駄文は別の容疑者の『書評家』気取りのように見えるのかもしれない。
当人は、読書メモを(既に買った本を間違ってもう一度買わないように)どこからでも自分が確認できるようにしておきたいつもりで書いているので…ネタバレはしてるかもしれない。
「ネタバレになるから控えますけど、一言で言うと神です」みたいなのも一種のネタバレになる。
それでもトリックの素晴らしさから振り返り、書店で出会った感動やなんやらを留めておきたい!それこそ、そんな話は「賞を獲るための読書感想文」に書く要素ではない。感極まりすぎてそういう感想文を中学の頃にコンクールに出そうとしたけども…流石にこれは感情が表に出すぎて黒歴史と思って提出は別のものを書いた。
そんな感情の昂りをチラ裏に書く程度のものなのだ。

だから「面白くなかった」に対しては感想文もレビューも書く時間が惜しい。
辛口オトメさんって暇なんですねwwwなんつって。

面白くないと感じた本に対しノーコメントを貫き、私はこの本で貴重なお金と時間を失ったからお前も同じ辛さを味わえという気持ちもある。
辛口オトメさんって優しいんですねwwwなんつって。

作家刑事毒島

中山七里

2018/10/10

新人賞の選考に関わる編集者の刺殺死体が発見された。三人の作家志望者が容疑者に浮上するも捜査は難航。警視庁捜査一課の新人刑事・高千穂明日香の前に現れた助っ人は、人気ミステリ作家兼刑事技能指導員の毒島真理。冴え渡る推理と鋭い舌鋒で犯人を追い詰めていくが……。人間の業と出版業界の闇が暴かれる、痛快・ノンストップミステリ!

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